
聖書(せいしょ)はユダヤ教およびキリスト教のもっとも重要な宗教文書です。
キリスト教では、現在わたしたちが「旧約聖書」と「新約聖書」と呼んでいる両方を聖書であると認めて、合わせて「聖書」と呼んでいます。旧約聖書はカトリックの聖書で、新約聖書がプロテスタントの聖書だという誤った認識をもたれる方が一部にいます。ですがそれはカトリックを旧教、プロテスタントを新教と呼んでいたために起こった誤解です。プロテスタントもカトリックも旧新約聖書両方を正典と認め、聖書としています。また、「『旧』という言葉がユダヤ教徒を刺激する」ということで、外国では旧約聖書と呼ばずにユダヤ教聖書やヘブライ語聖書と呼ばれることが多いです。
2.1.1 旧約聖書とは?
旧約聖書(Old Testament)は、ユダヤ教およびキリスト教の正典です。その大部分はヘブライ語で記述され、一部にアラム語が用いられています。
その内容は、律法と呼ばれる祭儀と行動規範の書(律法=モーセ五書)と、神の世界創造に始まり、イスラエルの興廃を中心とする歴史、および将来の救済を予告する預言書、さらにユダヤ教では諸書と呼ばれる詩や知恵文学からなります。ただしユダヤ教では歴史と預言を大きく「預言者(の書)」として扱っています。
将来にユダヤを復興するメシア王を約束する旧約聖書を、キリスト教徒はイエス・キリストの出現を約束する救済史として読んでいます。旧約聖書の代名詞にも使われる「律法」はキリスト教徒が守るべき戒律ではありません。ですがキリスト教徒にとって、旧約聖書の完成がイエス・キリストとその使信であり、依然として重要な意義をもっています。
プロテスタントは現在“マソラ本文”と呼ばれるものを旧約聖書の構成の基本に置いています。カトリックでは、現在“70人訳”と呼ばれているものを旧約聖書の構成の基本に置いています。70人訳とマソラ本文とは大半は同じですが、70人訳の方が含まれる書は多いです。
基本におく聖書が違うため、「カトリックでは正典と認めているがプロテスタントでは正典と認めていない」旧約聖書が一部あります。そのため日本のプロテスタントの諸教派とカトリックが共同で翻訳した新共同訳聖書では、カトリックのみ正典と認めている部分を“続編”として掲載しています(カトリックも認めず、東方正教会のみが正典と認めている書も続編として掲載しています)。
対して、ユダヤ教にとっては、唯一の正典です。また、現在も行動を律する文字通りの法になっています。また民族の歴史を伝えて、イスラエルの地を民族の故地とする精神的な基盤をあたえています。そのことによって行為と歴史の両面において、文化的な一体性を与えている書でもあります。
2.1.2 新約聖書とは?
新約聖書(New Testament)とは、旧約聖書と並ぶキリスト教の聖典です。現在は、27文書で構成されています。「新約」の呼称は、「旧約」に対して、神との新しい契約であることを意味しています。2世紀頃から呼び習わされ始めたものです。ほとんどの書は「コイネー」と呼ばれる1世紀のローマ帝国内で広く用いられた口語的なギリシア語で書かれています。
内容・タイトル等 一覧
| 主な内容 | 種類 | 数 | 文章のタイトル(新共同訳聖書に準拠) |
|---|---|---|---|
| イエス・キリストの歩みとその教え | 福音書 | 4文書 | 「マタイ」「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」 |
| 使徒の言葉と行いの記録 | 言行録 | 1文書 | 「使徒言行録」 |
| パウロやその他の使徒から各地の教会や個人への指示 | 手紙類 | 21文書 | 「ローマ」「コリント」「テサロニケ」など |
| 神の啓示とされる幻の記述 | 黙示録 | 1文書 | 「ヨハネ黙示録」 |
現在新約聖書は、その構成から27の文書からなる「一冊の本」と理解されています。しかし、もともとは成立時期や著者も様々で、それぞれの文章が完全に独立して成立したものでした。後にその文書群をまとめたものが、新約聖書なのです。パウロが本当に書いたとされる書簡でさえ、それぞれの書簡がお互いに関連をもたせて書かれたものではありません。個人や個々の教会の個々の事情に対して書き送られた書簡を後の時代のキリスト教徒が纏めたものです。
新約聖書の27文書のすべてが「イエスの直弟子、またはそれに相当する地位にある者の著述である」と伝承されていました。しかし現代の新約聖書学では、パウロが著したとされる一部の書簡を除き、上記の伝承は否定されています。実際の諸文書の執筆の年代は、紀元32年から90年ごろで、それらの書物が新約聖書としてまとめられたのは紀元150年から225年ごろの間であるとみなされています。また、後に文章の挿入が行われたものもあります(明らかに挿入がわかる部分には、「挿入された文である」という注意書きがあります)。著者がはっきりと特定できない文章もあります。
最初に書かれた新約聖書の文章は「テサロニケの信徒への手紙」(著者はパウロとされる)と「マルコによる福音書」(著者は使徒言行録に記述がある“マルコ”ではなく、“マルコの教えを受け継ぐ者”と考える方がふさわしい)であるとされています
現在は27文書のみが正典とされています。ですが、古代には、どの文書を権威あるものとして認めるか、様々に議論しました。議論の後に4世紀末、現在の27文書を正典として定めました。それまでは、正典は一定ではありませんでした。正典に含まれなかった文書を新約外典・新約偽典と呼んでいます。
イエスやごく初期のエルサレム教会が用いた言語はアラム語でした。また、新約聖書の諸文書はギリシア語で書かれています。この事実は文書群の性格を示唆しています、すなわち幾つかの異なる派・教団内で文章が書かれたということです。
また正典を決定する際、その基準に曖昧な点があったため、新約聖書は統一された一つの思想に収斂しているわけではなく、(ある場合にはほとんど深刻なほど)お互いに矛盾する点が見られます。
東方正教会では、「ヨハネの手紙」や「ヨハネ黙示録」を正典に入れるか入れないかが長く議論されました。結論はしばらく出ず、最終的に後者が最終的な正典に加えられたのは、10〜11世紀でした。
ギリシア語の定本としては長くテクスト・レセプトゥスが用いられていましたが、現在は新約聖書学の進展により歴史的意義以上のものを持っていません。現在学術的にもっとも信頼がおける定本は通称ネストレと呼ばれる、ドイツ聖書協会発行の校訂版ギリシア語新約聖書です。
2.2 日本語の聖書
聖書の日本語訳が出来るまで(1) 記録の時代
日本における聖書の歴史は、1549年フランシスコ・ザビエル(1506-1552)が初めて鹿児島に上陸した時に持って来た日本語に訳された「マタイ福音書」に始まると言われていますが、記録は現在残っていません。フロイスの『日本史』によると、ザビエルがマラッカで出会った日本人ヤジロウの協力によって和訳の計画をしていたことは確かです。
ザビエルに同行した修道士イルマン・フェルナンデス(1525-1568)は、このヤジロウの協力を得て信仰問答をローマ字に訳しています。この信仰問答の中には、モーセの「十戒」や「主の祈り」が入っていたと思われますので、聖書の一部は既にこの時代に日本語にされていたようです。
フェルナンデスは四福音書の全訳を試みたようですが、それに関する詳しいことは不明です。しかし、彼とともに同地に布教していたフロイスの記録によれば、1563年肥前(長崎県)度島(たくしま)の教会の火災で、この稿本が無惨にも焼失したとのことです。
◆屏風の下張りに使われていた聖書和訳稿
現在知られている最も古い和訳聖書の断片は、松田毅一氏が1960年にエヴォラ図書館から整理を依頼された際、古屏風の下張りから発見されたものです。そこには旧約聖書のコヘレトの言葉3章7節が「云ヘキ時アリ、モタスヘキ時アリ」と訳されています。このほかにイザヤ書1章11節など幾つもの訳稿が発見されています。これらは1580年頃のものと推定されています。
◆幻の京都版「新約聖書」
英国国教会の信徒、船長のセーリスは『日本航海記』の1613年10月9日に、「ミヤコ(京都)で新約聖書を日本語で印刷している」と記しています。この京都版は、カトリック教会の記録にも裏付けられているのですが、これ以上こ詳しいことは不明です。
聖書の日本語訳が出来るまで(2) 日本語訳聖書の完成と聖書協会
1832(天保3)年10月11日、尾張米を積んで鳥羽港を江戸へ向けて出航した千石船「宝順丸」は、遠州灘で遭難し14か月間の漂流の後、北米西海岸のフラッタリー岬に漂着しました。つまり1834(天保5)年1月のことです。生き残りは船員14名中、岩吉(推定28才)、久吉(同15才)、音吉(同14才)の3名でした。
彼らはネイティブアメリカンに捕らえられ、奴隷のように酷使されていました。その後ハドソン湾会社の支配人に助けられ日本に送り返されるために、ロンドン、喜望峰を経て、1835(天保6)年12月にマカオに到着しました。3名は、英国商務庁の保護のもとにおかれ、主席通訳官であるプロシヤ生まれでオランダ伝道協会の宣教師のカール・ギュツラフの家にそのまま滞在することとなりました。
一方、ギュツラフは何とかして、まだ見ぬ日本の人々に聖書を自分の言葉で読んでもらいたいと日頃から願っていました。ギュツラフはその祈りが聞かれたと感じ、翌年3月、シンガポールにいたアメリカ聖書協会のブリガムに手紙を書いています。また、「これらの日本人に出会ったのは、千載一遇の好機である。」と説いて費用を負担してくれるように求めています。その結果、アメリカ聖書協会は、年間72ドル支払ったと記録されています。聖書の翻訳は、1835年12月より始まり、翌年11月に完成しました。この聖書は、現存する最初の日本語聖書として有名なギュツラフ訳の「ヨハネ伝」「ヨハネ書簡」です。日本への伝道を志したギュツラフも、そして日本へ帰国することを待ち焦がれた3人の男たちも、ついにこの聖書を日本へ届けることは出来ませんでした。この聖書が日本に来るのは実に翻訳完成の23年後である1859(安政6)年でした。
最初に日本語に翻訳された聖書は、ギュツラフの「約翰福音之傳」(ヨハネ福音書)と「約翰上中下書」(ヨハネの手紙1、2、3)でした。ヨハネ福音書は、1835(天保6)年〜36年にかけて、前記の漂流した3人の日本人船員の助けを借りて、マカオで翻訳され、1837(天保8)年、シンガポールで木版刷りで印刷されたものです。全部で1,690冊印刷されたと伝えられていますが、現在、世界には16冊しか残っていません。訳文は「ハジマリニカシコイモノゴザル」で始まる全文カタカナで、翻訳の苦労が偲ばれる。この聖書は、その後の研究によると3回印刷されたようです。しかし、1838(天保9)年7月のアメリカ聖書協会の委員会の記録によると、この翻訳は聖書協会が要求する水準にないとの理由で、印刷を打ち切られています。
さらにギュツラフは、「ヨハネの手紙1、2、3」も翻訳しましたが、僅か2冊しか残っていません。「ヨハネ福音書」と同じ体裁で1837(天保8)年にシンガポールで出版され、大英博物館とパリ国民図書館に1冊ずつ所蔵されています。
1875(明治8)年には、北英国(スコットランド)聖書会社(NBSS)が、横浜で最初に聖書事業を始めました。翌1876(明治9)年には米国聖書会社(ABS)、大英国聖書会社(BFBS)がそれぞれの支社を横浜に開設しました。この3つの聖書会社は、1904(明治37)年から、米国は北部日本を担当し、スコットランドと英国は本拠地を神戸に移し西日本における聖書普及事業を分担して展開していきました。米国聖書会社が、東京・銀座に横浜から移るのは1919(大正8)年のことです。
「文語訳」聖書の完成
新約聖書はヘボン、S.R.ブラウンを中心とする「翻訳委員社中」が、1874(明治7)年から翻訳を始め、分冊で順次出版し、1880(明治13)年に完成しました。一方、旧約聖書の翻訳は、1878(明治11)年に「聖書常置委員会」を組織し、本格的に翻訳が開始されました。翻訳には、欽定訳英語聖書、ブリッジマン・カルバートソン漢訳聖書などが参考にされました。これが、「明治訳」(元訳)と言われるもので、その旧約聖書は、今でも「文語訳」として用いられている。「明治訳」の新約聖書はその後改訳されて、1917(大正6)年10月に出版された。大正改訳として有名です。文語訳聖書の完成は、米国・英国・スコットランドの聖書協会の経済的助力によります。
「口語訳」聖書の完成
1950(昭和25)年ごろになると戦後の現代かなづかい、当用漢字の制定などによる国語の変化や聖書学の急速な進歩で、聖書改訳要求が次第に高まってきました。1951(昭和26)年4月、米、英両聖書協会の協力を得て、翻訳が始まりました。この翻訳は、初めて日本人の聖書学者によってなされ、1954(昭和29)年に新約、1955(昭和30)年に旧約が完成し出版されました。
「共同訳」から「新共同訳」聖書へ
1968(昭和43)年、聖書協会世界連盟(UBS)とローマ・カトリック教会の間で協議が成立し、プロテスタントとカトリックが同じ聖書を用いるための聖書翻訳の「標準原則」がまとめられ、世界各国で「共同訳」の翻訳が開始されました。日本では、1970(昭和45)年、「共同訳聖書実行委員会」が組織され、現代日本を代表する聖書学者100余名が選出され、翻訳がスタートしました。
1978(昭和53)年『新約聖書 共同訳』が完成し、公表されたのですが、人名の表記などで意見の相違がありました。そのため翻訳方針を変更し、新しく翻訳を行いました。翻訳には、延べ18年の歳月を要しました。1987(昭和62)年9月5日、『聖書新共同訳』として発刊されました。
現在の日本語訳聖書 (Amazonへのリンクを張ってあります)
現在の日本語訳聖書は下記のように多くあります。その聖書は翻訳者によって
1) 日本聖書協会による翻訳
2) その他の団体などによる翻訳
3) 個人による翻訳
の3種類に分類することができます。
多くの翻訳がありますが、一般書店において販売されているのは「新共同訳」・「口語訳」・「新改訳」の3種類です。それ以外の翻訳は、大型書店やキリスト教書籍専門店などに置いてあります。また、「共同訳」は新約聖書のみですが文庫本として製本されていますので、置いている書店もあります。
日本にあるほとんどの教会で、上記3種類の訳のうちどれかの訳の聖書を使用しています(厚木教会は新共同訳)。教会に通い始めた方は、その教会が主に使用している翻訳の聖書を教会員の方に確認してお買い求めいただくことをお勧めします。聖書を「書籍として読む」という目的のために買われる方は、「新共同訳(本来の聖書に忠実な翻訳)」あるいは「リビングバイブル(読みやすさに重点が置かれ意訳が多い)」をお勧めします。
日本語訳のあるのある聖書(注がない訳は聖書を全訳してあります)
日本聖書協会による翻訳
・明治訳(新約のみ)
・大正改訳
・口語訳
・共同訳(新約のみ)
・新共同訳
その他の団体などの翻訳
・新改訳
・リビングバイブル
・フランシスコ会訳
・岩波委員会訳
・詳訳聖書(新約のみ)
・回復訳(新約のみ)
・キリスト新聞社訳(新約のみ)
・新世界訳(現在のキリスト教世界では、異端と考えられている「エホバの証人」が使用する聖書です。注意!)
個人訳
・現代訳(尾山令仁氏訳)
・バルバロ訳(カトリックのバルバロ神父による訳)
・関根正雄訳(旧約のみ)
・ニコライ訳(正教会の訳・新約のみ)
・前田護郎訳(新約のみ)
・柳生直行訳(新約のみ)
・ラゲ訳(新約のみ)
・岩隈 直訳(新約のみ)
・新契約聖書(新約のみ)
・本田訳(新約のみ)
・塚本虎二訳(福音書と使徒行伝のみ)