
牧者の言葉 − 「総会を前にして、『祈り支えあう教会』その4」
08/02/23の講壇より − 「熱心な祈りを神にささげる」
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絶体絶命の危機に追い込まれた教会は、「祈りの武器」によって、ヘロデ・アグリッパ王の「国家権力」に勝利しました。「そのころ」は、初代教会が人種差別に勝利し、大飢饉に勝利した頃という意味と思います。勝利の後には、危機がやって来るものです。
アンティオキア教会が急激に成長し、世界宣教に大きく乗りだそうとしていた時に、エルサレムでは、権力の座にあったヘロデ・アグリッパ王が、教会のある人々に迫害の手を伸ばしてきたのです。当時、教会はユダヤ教から自立し、キリスト教の独自性を鮮明にしておりました。これはユダヤ教に取っても、ユダヤの王ヘロデにとっても危険な存在に見えました。そこでユダヤ教の意をくんで、ヘロデ王は教会の迫害に乗り出したわけです。まずヨハネの兄弟で、十二使徒の一人である有力な指導者ヤコブを、ヘロデは剣で殺しました。そのことがユダヤ教の人たちに喜ばれるのを見て、更に、最高指導者ペトロを捕らえようとしました。ユダヤの最大の国家行事、除酵祭の時でした。イエスが十字架につけられて殺された過ぎ越しの祭りと同じ時でした。ヘロデ王は、人気取りのため一番目立つ時を選んだのでした。ヘロデは、ペトロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に監視させました。過越しの祭りの後で、民衆の前にペトロを引き出して殺すつもりだったのです。この時に、教会はペトロのために、熱心な祈りを神にささげ続けておりました。「国家権力」対「教会の祈り」の戦いが始まったのです。
結論を先取りすれば、何と教会の祈りという霊的武器が勝利したのです。アンティオキア教会と共にエルサレム教会も共に発展していきました。 アーメン