2008/05/11

牧者の言葉 − 「ペンテコステ、母の日、総会」
08/05/04の講壇より − 「ほんものの信仰」


牧者の言葉 − 「ペンテコステ、母の日、総会」

 火曜日、バスと電車で、入院中の軽部兄を問安し、聖餐式を持たせていただきました。近くにある御自宅に伺い、奥様と司誠(かずまさ)君を問安し、主にあるお交わりをいただきました。今日(水)は、早朝から三種類の原稿書き(途中、来客あり)、夜は祈り会。逆境にも喜び賛美する者こそ本物の信仰者と、去る礼拝にてメッセージをさせていただきました。いろいろきついことが起き、心は挫けそうになりましたが、イエスの弟子である自覚を持って、聖霊のみ助けいただき、何とか乗り越えさせていただきました。
 本日はペンテコステと母の日礼拝です。聖霊がエルサレムの二階座敷で祈っていた120名の人たち一同、一人一人の上に聖霊が降り、この地上に、キリストの体であり、聖霊共同体である教会が誕生しました。聖霊こそ、教会を産み出した母であります。聖霊と教会は、クリスチャンが誕生するたびごとに産みの苦しみを経験しておられます。今も、産みのくるしみを、して下さる聖霊と教会と地上のお母さんに心から感謝いたします。
 来週聖日、教会総会が持たれます。今週は、多くの方々が教会に来られて、準備をしてくださっております。ご奉仕感謝します。皆さんご出席ください。2007年度の主の御業を覚え感謝をお捧しましょう。2008年度、神様の御心がなされますように、心を一つにして祈り信じる時です。


先週の講壇より − 「ほんものの信仰」

使徒言行録 13章44節−52節

齋藤孝志師

 異教の地におけるパウロの説教は大成功でした。その最大の理由はユダヤ教の律法的信仰に対して、キリスト教の恵みと罪の赦しの福音という、「ほんものの信仰」を伝えたからでした。人々は次の安息日にも同じことを話してくれるように頼みました。次の安息日には、ほとんど町中の人が、主の言葉を聞こうとして集まってきました。しかし 保守的なユダヤ人は、この群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対しました。「聖霊に満たされる」の反対は「嫉妬に満たされる」ことです。彼らは、論理的にユダヤ教の正しさを主張して反対したのではありません。ねたみという、極めて感情的な反対でした。この反対に対して、パウロはまず、勇敢に「ほんものの信仰」に立って言いました。「神の言葉はまず あなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたは、それを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者としている。見なさい。わたしたちは異邦人の方に行く」と。あなたがたユダヤ人が福音を拒んだので、これからは、異邦人伝道を中心にするという歴史的宣言です。理由にイザヤ書42:6と49:6を引用しました。
 イザヤ書の言葉を聞いた異邦人たちは喜び、主の言葉を讃美しました。このような時に喜び、讃美できる彼らの信仰も、ほんものでした。こうして主の言葉はこの地方全体に広がりました。ユダヤ人たちは、町の有力者たちを扇動して、パウロとバルナバを町から追放してしまいました。他方、弟子たちは喜び、聖霊に満たされていました。これこそ「ほんものの信仰」です。「ほんものの信仰」はかならず勝利します。「ほんものの信仰」に立ちましょう。